池田です。
昨日はコピー講座でステップメール解説セミナーをしました。
ステップメールを書くときのマインドセットやステップに組み込む7つの要素、1週間で販売するときの例を解説しました。
「楽しかった」という感想もいただきましたし、いや~いいセミナーでした(笑)
ところで、セミナー途中で「何が生きる目的?」みたいな話題になりました。
この講座は、単にコピーの解説だけでなく、どんな生き方をするのか?何のために生きるのか?といった人生への話題に発展することも多々あり、それが他の講座との大きな違いかもしれません。
というか、コピーライティングというのはテクニックうんぬんの世界ではなく、書き手の生き方、思想、価値観といったもの次第です。
どんなにすごいテクニック知っていようが、ベースとなる書き手の人生が貧弱だったら貧弱なコピーしか出てきません。
逆に、分厚い人生を送っていれば、テクニックなんてなくても、自然と分厚いコピーライティングになります。
だから、コピーライティングについて考えていくと、自然と人生を考えることに繋がるのです。
そこで、
僕にとって人生で大切なことって何かな?
と考えてパッと浮かんできたのは「燃え尽きること」でした。
完全燃焼して真っ白になりさえすれば、成功しようが失敗しようが、好かれても嫌われても、孤独死だろうが何でもいいなって思いました。
逆に、
どんなにお金持ちになったり、地位やら名声やら手に入っても、失敗したらどうしようと思って挑戦しないとか、人目を気にしてやりたいことをやらないとか、そーゆー生き方したらどんなに成功しようが死に切れないなと。
思えば、僕はLUNA SEAが好きですが、曲が好きなのはもちろんですが、音楽への姿勢とか、全力で歌ってる姿とか、生き方がカッコよくて好きなんですよね。
演奏ミスしていても全力のライブはカッコいいし、魂持っていかれちゃうんじゃないかってくらい痺れます。
でも、どんなに上手くても出し切ってない感のあるライブは全然響いてこないんですよね。
他に好きな作家さんもいますが、その人も「人生燃え尽きたかどうか」を大切にされている方で、「人生は体当たりだ!」って言ってます。
僕が好きなもの、嫌いなものは、全力かどうか、燃え尽きてるかどうかっていう基準がありそうです。
また、大学生の時に読んだ小説「竜馬がゆく」(司馬遼太郎)の中で、
「志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず、勇士は其の元(かうべ)を喪うことを忘れず」
という言葉が出てきます。
「竜馬がゆく」は1回しか読んでないですが、この言葉はずーっと印象に残っていて、意味は
「志士は道義のためなら、窮死してその屍を溝や谷に棄てられてもよいと覚悟しており、勇士は君国のためならば、いつ首をとられてもよいと思っている」
という意味で、ざっくり池田的解釈では
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志のためなら、野垂れ死を覚悟しておけ。
ドブで死のうが、山中に死のうが構わない。
ただし、お前の志の方向を向いて死ね。
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と受け取っております。
というわけで、僕はLUNA SEAや読書や幕末の志士やらの影響で、
「燃え尽きて真っ白になって志の方向へ前進しながら死ねばあとは何でも構わない。金持ちになろうが貧乏人だろうが、世間の評価が聖人でも、悪党だろうが、孤独死だろうが、魚の餌になろうが知ったこっちゃない」
という人生観です。
そんな価値観なので、僕の行動は時に非合理的というか、理解不能に映るらしく、人からは(特にライター仲間の澤さんに)
「池田さんはナチュラルにクレイジー」
と言われますし(苦笑)
親からも「何考えてるかわからない」と言われてしまうので、もう理解されることは諦めました(笑)
こんな危険思想?のメルマガを読んでると、一般的な幸せな人生は歩めなくなると思うのでお気をつけください(笑)
ではごきげんよう。
またメールします。
池田喜行
追伸
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